寺報『信友』240号の巻頭「住職三年もの言わず」を転載いたします。
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早いもので2015年12月に父が亡くなってから、そろそろ丸10年が経ちます。
この10年、個人的には結婚をし、子供が3人生まれた一方、母も旅立ちましたので、「子」から「親」に立場がすっかり変わったなぁと思います。
では、住職としてはどうでしょう。
「住職三年もの言わず」
浄土宗に住職継承の申請をした際、浄土宗から送られてきた書類に書かれていた言葉です。
住職になって最低3年はおとなしくしていなさい。住職だからと勝手なことをしたら、檀家さんから総スカンを食らいますよ。そんな意味の言葉です。
良く解釈すれば、先代住職の為したことを確実に受け継いでいくのに三年はかかるということなのでしょうけれど、わざわざ浄土宗が言ってくるということは、それだけ新米住職のトラブルが多いということなのかもしれませんね。
晩年の父は足腰と気管支の老化によって、外の葬儀に行かれぬようになり、さらに2階の本堂に上がることもままならず日頃の法事も副住職の私まかせになっていました。しかし、振り返ってみれば、10年くらいかけて住職移行が進んだようなもので、父の死後に「困った」ということはありませんでした。
もし父が最期までバリバリ現役で、副住職を表舞台に出させないようなタイプだったとしたら、檀信徒のみなさんも私に馴染むのに時間がかかったはずです。それこそ、まさに「住職三年もの言わず」で行かなければならなかったでしょう。
蓮宝寺の10年はというと、隣地を駐車場にすることができ、今年は化粧室の増改築も済ませられました。コロナ禍も乗り切ることができました。
お寺離れが喧伝される昨今、檀信徒のみなさんに見放されず、なんとか10年やってこられたこと、安堵するとともにあらためて感謝の念に堪えません。
私も48になり、老眼が著しく進んでおりますが、老け込まずに蓮宝寺の興隆に尽力せねばと思います。来年も引き続きよろしくお願い申し上げます。




