寺報『信友』222号の巻頭「人生のいろどり」を転載いたします。
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5月28日、東京駅からほど近い巨大な建物の前には、検温を待つ高齢者たちの長蛇の列。さて、ここはどこうでしょうか?
大手町の大規模接種会場と思った方。あなたは常識人です。しかし、答えは残念ながらハズレ。
正解は、東京国際フォーラム。沢田研二のコンサート前の様子でした。「こんな時期に?」と思う方がほとんどでしょう。でも、やったのです。
そして、そのコンサートに、82になるジュリーファンの母を送迎してきました。医療従事者の方や自粛生活を徹底している方には申し訳ないのですが、これには訳がありまして……。
実は昨年の春、母が悪性リンパ腫を発症しました。3年前から悪性リンパ腫の疑いがあり、経過観察を続けてきましたが、2月頃より、急激に食欲が低下。50キロ以上あった体重が、数ヶ月で36キロまでに減少します。各種の検査の結果、ステージは4。このままではダメだということで、6月から抗がん剤治療のスタートとなりました。
抗がん剤の投与のために5日間入院、自宅で3週間療養。これを6回繰り返します。副作用は当然あります。なかでも大変だったのは貧血。抗がん剤が骨髄の造血機能を抑制するらしく、回数を重ねるごとに貧血が悪化。四回目の入院からは、輸血をするほどでした。
5回目の抗がん剤投与を終えると、「6回目をやると骨髄の機能が戻らなくなるかもしれないから、5回目で終了しましょう」と主治医。検査の結果、少しリンパ腫は残っているけれど、部分寛解という診断。いやぁ、良かった良かったと家族一同、胸を撫で下ろして年末年始を迎えられました。
ところが、そうは問屋がおろしません。今年1月の半ば、体温が37度を超える日が2日ほど続くと、一気に39度に。酸素量も80%と危険な数値です。
検査の結果、胸に水が溜まっていることによる発熱と低酸素で、原因は悪性リンパ腫の再発とのこと。即入院・抗がん剤治療です。これには母も家族も相当こたえました。予後不良の可能性が高いと言われていましたが、たった2ヶ月半での再発で、ため息しか出ません。
せっかく生え揃ってきた髪もまたツルツルになってしまいましたが、「孫の記憶に残るまでは頑張って生きなきゃ」と懸命に励まし、なんとか全3回の抗がん剤治療を終了。一定の効果があり、今は月に1回の経過観察に移りました。
そんな矢先に、ジュリーのコンサートが決まったのです。ワクチン未接種の不安はありつつも、闘病のご褒美だとチケットを購入。本人も直前まで渋っていましたが、大満足で帰ってきました。
演劇や映画、コンサートなどのエンターテイメントは、コロナ禍のなかで「不要不急」とされ、不必要なものと扱われてきた一年でした。しかし、少なくとも、いつ再々発するか分からない母にとって、ジュリーのコンサートは、生きる喜びを感じ、明日への意欲を得られる、今しかないひと時でした。
仏教では「欲望」はなるべく小さくするよう説きますが、「意欲」を否定するものではありません。そもそも、意欲がなければ前向きには生きられません。3食昼寝付きでも生涯独房だったら、どうでしょうか。人と出会う、音楽を聴く、旅をする、笑い、泣き、感動する。そんな人生の彩りがあってこそ、生きる意欲がわくのではないでしょうか。
この1年、「あそこに行きたい」、「あの人に会いたい」と願いながら、コロナのために叶わぬまま、亡くなられた方も多いことでしょう。お見舞いのない闘病は苦しく、意欲も減退するでしょう。
本当にコロナが憎らしいですね。僧侶が「憎い」なんて言葉を使うべきではないのですが、がん患者の家族となってみて、ご本人や家族の無念があらためて察せられるのです。
限られた時間のなか、些細なことでも願いを叶えてあげたいと誰しも思うもの。「コロナが無ければ……」という後悔をせずに済むよう、ただただ、一日も早い収束を祈るばかりです。
母からは、みなさんに心配をかけるから『信友』には書くなと言われていましたが、ジュリーに会いに行けるまで回復したらご報告しようと思っておりました。今は大工の棟梁くらいの髪の量、体重も少しずつ戻っておりますので、ご安心ください。