◆年中行事
3月:春季彼岸法要(春のお彼岸)
9月:秋季彼岸法要(秋のお彼岸)
「お彼岸」は春分の日・秋分の日をお中日として前後1週間をさします。ちょうど真西に太陽が沈むこの期間は、阿弥陀様がつかさどる西方極楽浄土に思いをはせるにふさわしい季節といえます。西方浄土には、私たちより先に亡くなられたご先祖様がいらっしゃいます。お彼岸にご先祖様を想い、またの再会を願います。
実はお彼岸は日本でしか行われていない行事と聞きます。お彼岸はちょうど季節の変わり目。この時期に、太陽とご先祖様に収穫を感謝し、豊作を祈るという日本ならではの農業文化でもあるようです。
7月:施餓鬼会
施餓鬼会は『救抜焔口陀羅尼経』というお経に由来する行事です。焔口という餓鬼(ものを食べようとすると口から炎が出て食べられない餓鬼)に「あと三日でお前も餓鬼道に落ちる」と告げらた阿難(お釈迦様の弟子)が、お釈迦様に相談します。お釈迦様は「餓鬼に食事を施し、陀羅尼を唱えれば、一切の餓鬼が救われる」と説かれ、阿難は助かりました。
施餓鬼会では、本堂の本尊さまとは向き合うように施餓鬼壇(施餓鬼棚)と呼ばれる壇を設けます。そこには餓鬼に施すための食物と「三界万霊」と書かれた位牌、さらに両側には新亡(1年間に亡くなられた方)の位牌を並べます。「三界万霊」とは、あらゆる衆生の精霊のこと。「三界万霊」と新亡の位牌を並べる背景には、無縁仏が新亡の成仏を邪魔するという民間信仰があり、無縁仏を含む三界万霊と新亡をともにご供養するようになったといいます。
【追記】
餓鬼道(前世で欲望にまみれた生活を送った者がおちる、常に飢渇に苦しむ世界)に住む者に、施しを与えるというのが元々の趣旨ですが、中世以降、盂蘭盆会(お盆)と融合して、餓鬼や無縁の死者に施す功徳によって、先祖が極楽で安らかに過ごせることを願う行事に変わっていきました。多くの地域では、夏に行われることが多く、「盆施餓鬼」とも呼ばれています。
祭壇には、お米や夏野菜をお供えします。これには、餓鬼に食べ物を施す「施餓鬼」と、ご先祖様に収穫を感謝しつつ、おもてなしする「お盆」の二つの意味が込められています。
同様に、施餓鬼会でのご回向には、「無縁・無念の死者の供養も行う、分け隔てのない心を阿弥陀様とご先祖様に喜んでいただく」、「夏に極楽からこちらの世界に帰省されるご先祖様をおもてなしして喜んでいただく」という二つの願いが込められています。
蓮宝寺では7月のお盆の前あたりに行っています。
7月・8月:盂蘭盆会(お盆)
ご先祖様がそれぞれの家に戻ってくるお盆。各家庭では迎え火をたき、ご先祖様をお迎えし、僧侶が読経、そして送り火をたいてお見送りをします。
日本では、太古の昔から、夏と冬(大晦日)には、ご先祖さまの霊魂が家に戻って来ると考えられていました。(魂祭(たままつり)と呼ばれます)そこに仏教が伝来し、仏教行事であった盂蘭盆会(七世の父母のための法要)と魂祭が融合。日本人になじみのある行事へと発展していったと言われます。
お盆は7月13日から16日とされますが、多くの地域では、旧暦もしくは一か月遅れの8月13日から16日に行われています。なぜかというと、明治5年に旧暦から新暦に変わったのですが、農業などの生活リズムが変わるわけではなく、ちょうど農閑期にあたっていたお盆を新暦で行うのには無理があったという次第。農業文化ではなかった東京都内は新暦に合わせた7月盆ですが、蓮宝寺のある府中市が7月・8月の混在地域のようです。(八王子の知人僧侶に聞くと、8月盆だそうです。)
蓮宝寺ではご希望される方のお宅にうかがいお盆のお経をあげています。最近は、8月盆地域ご出身の方が、東京の7月盆になじめないということで8月に依頼されることも多くなった気がします。
◆その他
写経会、法話会、念仏会等の開催を計画中です。開催が決まり次第、お知らせします。