リフォームと修繕工事

11月中旬から本堂床と水屋の工事をしております。

①本堂の床は、約5メートルの長い板を並べて作られているのですが、経年劣化というのか、乾燥によって、徐々に板と板の間に隙間が出来てきました。広い所だと床下(一階の天井裏)がのぞけるほど。板の端がささくれ立ち、トゲが刺さる危険性もあるので、隙間を細い木材で埋めてもらう工事をいたしました。

 

↓こうなって

↓こうなりました

②かつて法事の際にお茶を用意する部屋にしていた2畳ほどの水屋があります。今は荷物置き場と化しているのですが、こちらに本棚を整備して、小さいお子さん向けの絵本や仏教書などを置き、法要前に一息入れる場所にできないかと計画を立て、リフォームすることにいたしました。

この部屋です。

終活セミナー無事終了

11月1日に「お寺で終活セミナー」を開催しました。檀信徒、私の知人など11名のご参加がありました。

相続や死後事務のことなどを司法書士の松本万紀先生がとても分かりやすく説明をしてくださいました。松本先生の事務所の司法書士と行政書士、またファイナンシャルプランナー、葬儀社さん、石材店さんも参加してくださったので、休憩時間はそれぞれに個別相談会のようになって、盛り上がりました。

参加された方々からは「とても充実していた」「良かった」というお声をいただいたので、今後も定期的に開催できればと考えております。

お寺で終活相談会

11月1日の午後に「お寺で終活相談会」を開催することにいたしました。

私もさまざまなご相談をいただくのですが、寺院だけで解決できることばかりではなく、法律の専門家の助けが必要なことも多々ございます。そこで死後事務や相続等の経験豊富な司法書士さんに講義形式でお話をいただき、その後、ご希望の方には個別相談という場を設けさせていただきました。(チラシのデザインは私の趣味とは全く合わないのですが……)

基本、檀信徒の方のみを対象としておりますが、活動報告としてブログにも掲載しておきます。

彼岸法要のご報告

お彼岸が過ぎ、少しずつ過ごしやすい秋の気配を感じる陽気となってまいりました。

さる9月21日に秋の彼岸法要をおつとめし、48名もの多くのお参りをいただきました。

今回は昨年の施餓鬼法要でも演奏をいただいたシンガーソングライターの山口春奈さんに、ピアノとハープで弾き語りをしていただきました。祈りをテーマにした山口さんオリジナルの歌や、映画「千と千尋の神隠し」の主題歌「いつも何度でも」、リクエストにお応えいただいた井上陽水さんの「少年時代」、幼稚園・保育園ではおなじみの「にじ」など、優しさと透明感あふれる歌声とピアノとハープの音色は、心の垢を洗い清めてくれるようでした。

法要は虎ノ門・栄立院の福西住職、西調布・光岳寺の内田住職にお手伝いいただき、3名でおつとめいたしました。お塔婆はお彼岸の期間内にみなさまの墓所に建てております。


全6種類、合計110個のおにぎりも完売(販売してるわけではないですが)

ラジオフチューズ出演情報(本日)

本日18時半からラジオフチューズの「府中ラジオ 東の仲間たち」に住職が出演します。
てっきり録音収録と思ったら生放送だそうです。
生放送は緊張しそうですが、前回出演した時に、誰からも「聞きましたよ」と言われなかったので、今回も気楽にのぞみたいと思います。

ラジオフチューズの公式サイトで放送は聴けるようです。お時間ございましたら、お聴きください。

2025年度 施餓鬼法要ご報告

今年は6月から連日のうだるような暑さ、梅雨らしい天気もあまりないまま7月5日の施餓鬼法要を迎えました。

今回は私が法話をつとめさせていただきました。
蓮宝寺のご本尊・阿弥陀如来像の由来を少し説明した後、新聞の連載に書きました子どものグリーフケアの活動についてお話をいたしました。
社会的に「良い」と評価されるようなことを、自分から「やっています」と言うのは粋じゃないと感じてしまうへそ曲がりなので、これまでお話してこなかったのですが、新聞にも書いたことですし、信友のみなさんに知ってもらっても良いかもしれないと、写真を交えながらご紹介いたしました。

 

法要はいつものように虎ノ門・栄立院の福西上人と西調布・光岳寺の内田上人に出仕していただき3人でおつとめいたしました。
法話を終えて、気が抜けてしまったのか、うっかり袴を履き忘れてしまった私。上半身は浄土宗の正装中の正装(七条袈裟・水冠)をしておきながら、下半身は軽装という実にアンバランスな姿でおつとめをいたしました。法要終了後に参列の皆さんにはお詫びいたしましたが、猛暑のなか冷や汗をかいてしまいました……。

 

なお、秋の彼岸は9月21日(日)を予定しています。昨年の施餓鬼法要で素敵な歌唱とハープ・ピアノの演奏をしてくださった山口春奈さんに再びご登場いただきます。

次号の信友であらためてご案内いたします。

ほとけさまの手のひらで

寺報『信友』238号の巻頭「ほとけさまの手のひらで」を転載いたします。
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今号で同封しましたものは、共同通信社から依頼され、一年間連載したエッセイになります。目立つことが嫌な私ですが、日頃お世話になっている記者から読売新聞や朝日新聞といった全国紙や地元の東京新聞には掲載されないと聞いて、お引き受けいたしました。

掲載紙として送られてくるのは、福井新聞、伊勢新聞、中部経済新聞、奈良新聞、長崎新聞など蓮宝寺と縁もゆかりもない地域の新聞ばかり。おかげさまで、この一年、「読みましたよ」と言われたことは一切無く、何の問い合わせもございませんでした。喜んで良いのか、誰の心にも響かなかったのだから落ち込むべきなのか分かりませんが……。

ちなみに、同封した記事は栃木県の下野新聞のもの。他の新聞は毎月の宗教とこころの特集ページの片隅に載っていたのですが、下野新聞だけは「おくやみ」欄。栃木県内各地の訃報で埋め尽くされた一面に、私のエッセイがひっそりと配置されているのです。地方新聞の訃報欄は閲覧率が高い人気ページですから、それはそれで良い場所だったのでしょう。

こころに少しでも絡めば内容は何でも良いという依頼で、タイトルも私に任されました。いろいろ考えて決まったタイトルが「ほとけさまの手のひらで」。

振り返ってみると、自分の確固たる意思で僧侶になり、今に至ったわけではなく、流されるがままというのが実感です。悩んだり、もがいたりしているのも、すべてほとけさまの手の上で右往左往しているに過ぎないのではないか、そんなイメージです。

なんとか12回絞り出したエッセイですので、普段あまりお見せしていない真面目な一面も出ているかもしれません。「住職はこんなことしているんだ」、「変なこと考えてるものだ」など、お暇な時にでも、御笑読くだされば幸いです。