今月のライフエンディング研究会

今月は、8月29日19時~20時半、吉祥寺にある武蔵野公会堂の和室で行いました。
8月20日~22日に東京ビッグサイトで開催されたエンディング産業展。
研究会参加メンバーも産業展に参加した人、関心のある人ばかりなので、今回はエンディング産業展の報告会にしようと考えました。
すると、ありがたいことに、産業展での横須賀市の行政による終活支援のセミナーに参加された方が、詳細なレポートを作ってくださり、それをもとに議論を深めることができました。
うっかり写真を撮るのを忘れてしまうくらい、盛り上がりました(笑)
13名の参加(懇親会は12名)がありました。

東京のお盆が変わる?

今月に発行した寺報『信友』の巻頭「東京のお盆が変わる?」を転載いたします。
——————————–
東京のお盆は一般的には7月。しかし、「お盆休み」といえば8月を指すように、日本のほとんどの地域では8月中旬がお盆となっています。

このズレは、明治5年12月3日が明治6年1月1日になったことに由来します。そんなことをいきなり言われても、なんのことかチンプンカンプンな方もいらっしゃるでしょう。

明治5年12月2日までは、太陰太陽暦という、いわゆる旧暦を採用していた日本。明治維新で開国をして、欧米と付き合うのに、カレンダーが一致しないのは具合が悪い。それじゃあ、欧米が採用している太陽暦(新暦)に合わせましょうとなったのです。

新暦の元日が、旧暦の12月3日だから、そこでカレンダーを取り換えちゃおうという、ずいぶん無茶なことをしたのですね。当時の人たちは正月の準備もままならなかったことでしょう。明治維新は、庶民の生活にも大きな変化をもたらしたわけです。

お盆もご多分に漏れず、もろに改暦の影響を受けます。旧暦の7月15日前後におこなれていたお盆。この時期は、夏の収穫が終わった農閑期。お盆に夏野菜をお供えするのは、収穫をご先祖様に感謝する意味もあったのです。

暦が変わって、農作業のスケジュールも変わるでしょうか?

答えはNOです。自然は私たちの都合に合わせてはくれません。農業国である日本のほとんどの地域では、一ヵ月早まっている新暦の7月は、収穫に向けて最も忙しい農繁期。親族が集まって、ご先祖様をお迎えする余裕はありません。

そこで、多くの地域では、新しい7月にお盆を行わず、旧暦7月のお盆を維持したわけです。東京や横浜などが、今、7月にお盆を行っているのは、農作業に影響されないサラリーマンの多い地域だったからということです。

蓮宝寺では、7月に盆供養を兼ねた施餓鬼法要を行うため、ご自宅にうかがいお盆の読経をする「棚経」は、あまり多くはありませんが、8月の棚経はさらに少ないのが通例でした。

しかし、近年、8月の棚経が少しずつ増え、ついに今年は、7月を超えました。

「8月盆の地域で過ごされていた方がお仏壇と共に東京に移られてきた」、もしくは、「東京に移られて来た第1世代の方がお亡くなりになった」ということが考えられます。

8月盆に慣れ親しんだ方が、東京の7月盆にピンと来ないのは無理もありません。改暦とお盆の関係に象徴されるとおり、私たちの生活リズムと切っても切れないのが、お盆。

明治の人たちが、「暦が変わってもお盆は動かせない」と感じたように、令和は「所が変わっても、お盆は動かせない」と感じる方が増えるのではと予想されます。

亡き方々を迎えて、もてなすお盆。今もつながるご縁を感じられる情緒ある行事です。できるだけ、みなさんのご要望にお応えできるようにしたいと思います。

最近のライフエンディング研究会

3月の投稿でライフエンディング研究会の報告をこまめに行いますと宣言しておきながら、5か月も経ってしまいました。
3月からの研究会の報告をいたします。
3月25日19時~21時、会場は初めて利用する「かたらいの道・市民スペース」という武蔵野市の施設。三鷹駅から徒歩5分ほどのタワーマンションの1階にありました。
この日は19人が参加という大賑わい。
初参加の仏具店の店長さんに、この地域の仏具の需要の変化や業界の状況を主にうかがいました。
4月28日19時~21時、武蔵境駅前の武蔵野プレイスの会議室にて開催。
参加者は10名、特にテーマは決めず、各参加者の最近の近況などをシェアするうちに、自然と話題が広がり、盛り上がるといういつもの研究会の流れでした。
5月30日19時~21時、武蔵野プレイスにて開催。この日はついに20人の大台に。
テーマはNHKで放送された樹木葬の番組を視聴し、それをもとにディスカッションを行いました。
樹木葬を多く取り扱う石材店の方が参加されていたので、大いに盛り上がりました。
「樹木葬」と言っても、埋葬の方法、樹木の植え方など千差万別で、言葉に踊らされず、内容をしっかり精査することが必要なようです。
6月27日19時~21時、武蔵野プレイスにて開催。
13人の参加があり、NHKで放送された納棺士の番組を視聴しました。
私自身、身内を送った際に、メイクさんがきれいに整えてくれると、それだけでも心が慰められた経験があります。
これからますますニーズが高まるであろうことが察せられますね。
7月31日19時~20時半、吉祥寺にある武蔵野公会堂の和室で行いました。
これまでは2時間の設定で開催していましたが、この日は1時間半。
理由は単純で、私が2時間を仕切る体力がなくなってきたということ(^_^;)
この日のテーマは、ACP(アドバンスケアプランニング)について。
私が老年学会に参加した際に、老年医学会が「ACP推進の提言」というパネルディスカッションを開いていて、そこで感じた疑問などをディスカッションの糸口にしました。
たまたま医師資格を持つ参加者が3人いたこともあり、想像以上に盛り上がりました。
あ、この日の参加者は16人でした。
毎回、研究会の後には懇親会に移行し、さらに白熱した議論を重ねております。
多摩・武蔵野地域で人の死の前後に関わる専門家の方で、ライフエンディング研究会に関心ある方はお気軽にご連絡ください。

府中で自死対策講演会

府中市が自殺総合対策計画を立案しまして、その周知を兼ねて8月7日に講演会が開催されます。
講師は長年、自死対策の推進や政策化に尽力されてきたライフリンクの清水康之さんです。
府中市在住・在勤の方を対象としているようですが、それ以外の方も受け入れてくれるんじゃないかなぁ…定かではありませんので、府中市外の方は問い合わせ先にご確認くださいませm(__)m

府中市自死対策講演会チラシ

三つの言葉

今月に発行した寺報『信友』の巻頭「三つの言葉」を転載いたします。
——————————–
春のお彼岸でもお話したように、二月に大学の仕事で台湾に行ってまいりました。

台湾では、終末期の患者さんの病床に、訓練を受けた僧侶が出向き、患者やその家族の不安や悩みを聞いたり、死後の世界について話したりすることが普通に行われていて、その視察が主目的。日本の東京大学医学部に相当する台湾大学医学部や附属病院、訪問看護ステーションならぬ訪問僧侶ステーションといった雰囲気の寺院など、いろいろな施設を尋ね、医師や僧侶に話を聞いてきました。

学ぶことの多い旅ではありましたが、一番印象に残ったのは、「善終」という考え方。簡単にいえば、「良い死に方」です。これは死ぬ人と見送る人(家族)、双方が満足するものでないといけないようで、台湾人は「善終」に強い理想を持っているとのこと。では、どうしたら「善終」を達成できるのでしょう。

ある医師は、「医者と看護師は体のケア、心理士とボランティアは心のケア、僧侶は善終のケア。やることは分かれてます」と言います。「善終」は、僧侶が担うのです。

「善終」のためには時間をかけて、丁寧に患者とその家族に寄り添う必要があるのですが、患者と家族、双方にわだかまりがあるなら、それを解消することがとても肝要だそうです。もちろん、その仲介を担うのも僧侶です。

たとえば「家族を大事にしないお父ちゃんで悪かった」と詫びたいけれど、照れくさいと聞けば、家族の気持ちを尋ね、解きほぐして、和解に導くのが僧侶の役目。こんな家族の歴史的瞬間に何度も立ち会ってきた僧侶は、「善終」に大切な三つの言葉を教えてくれました。

「ごめんなさい」

「ありがとう」

「愛している」

我が身におきかえて考えれば、たしかに、胸のつかえを無くして、感謝を伝えて旅立ちたいし、見送りたいものです。

しかし、照れくささや気まずさでなかなか口に出せないのも現実。かく言う私も、臨終が迫った父に、三つのうちの一つもかけることはできませんでした。死を間近にしていても、私たちはそう簡単に正直にはなれないのかもしれません。

とはいえ、老少不定、いつ死ぬかなんて年の順とは限りませんし、朝に元気でも、夕には死ぬかもしれないのが私たち。死は常にすぐ鼻の先にあると思って、なるべく素直に、気持ちを伝え合いたいものですね。

ライフエンディング研究会も丸6年

最近、ライフエンディング研究会の報告をさぼってしまっていて、すみません。
しっかり毎月、欠かさずに開催をしております。
先月は、2月27日に吉祥寺の武蔵野公会堂第6会議室にて行いました。
ちょうど、2月の18日から22日まで、私が台湾に調査旅行(僧侶による高齢者ケア・終末期ケアの調査でした)に出ておりましたので、その報告をいたしました。
15人が出席し、懇親会には16人が参加してくださいました。(お通夜が終わってから参加してくださったので、増えています)
2013年3月からスタートした研究会ですので、先月の開催で丸6年が完了し、開催回数は72回になりました。
最近は、参加者数は15人前後で推移しておりまして、始めた当初は5人とかでやっていたことを考えると、ありがたいことと思います。
継続は力なりと申しますが、私がただ地元で信頼できる死に関わる専門家と関係を作り、楽しく飲食ができればと始めた会が、ここまで続くとは…
多摩・武蔵野地区だけではなく、23区内の方、神奈川や埼玉にお住まいの方も参加されたりと、想像していなかった事態に私が一番驚いています。
今後もゆるーく、ながーく続けていくつもりですので、引き続き、よろしくお願いいたします。
(とはいえ、ちゃんと記録を残して、ブログにもこまめに報告をあげなければと気を引き締めております。)

ジュリーと禅

今年2月に発行した寺報『信友』の巻頭「ジュリーと禅」を転載いたします。
——————————–
昨年の十月、テレビや雑誌をにぎわせたのが、ジュリーこと沢田研二のドタキャン騒動。みなさまのご記憶にも新しいことでしょう。

定員九千人の会場が七千人しか埋まらないと聞いたジュリーが、約束が違うとヘソを曲げてしまったというお話。会場まで足を運んだ観客の気持ちを考えていない、ファンあっての仕事なのにけしからん等と多くの批判が浴びせられました。それと同時に、変わり果てた、ケンタッキーのおじいさん(カーネル・サンダース)のようなジュリーの風貌も話題になりました。

一方、信友のみなさまからは、ジュリーファンの私の母に対して、ご心配をいただきました。法事にお越しの際に、「お母さん、大丈夫でした?」と口々に尋ねられ、ジュリー好きがこんなにも浸透しているのかと驚きつつ、母の気持ちを案じてくださることをありがたく思ったものです。

母は、幸いにして、当該公演には行っておらず、直接の被害はありませんでした。むしろ、毎日、テレビをつければジュリーが映るので、上機嫌。そして、「こういう頑固なところがジュリーらしいのよ!」とますますジュリー株は上昇していました。

たしかに、コンプライアンスがどうのこうのと厳しく言われ、芸能人も小粒になっている昨今、七千人の客がいても、「俺は歌いたくない」と我を通せる人はそういません。そんなジュリーを見ながら、私はふと禅宗のエピソードを思い浮かべました。

――――――
瑞巌(ずいがん)の彦(げん)和尚、毎日自ら主人公と喚(よ)び、復(ま)た自ら応諾す。乃ち云く、

「惺惺著(せいせいじゃく)、喏(だく)。他時異日(たじいじつ)、人の瞞(まん)を受くること莫(な)かれ、喏喏(だくだく)」

(訳)師彦和尚はいつも庭前の石上に坐り、大声をあげて自問自答します。

「主人公よ」、「ハイ」。「目をさましているのか!主人公がお留守になっていないか!」、「他人のうわさ話を気にするな!主人公を見失うなよ!」、「ハイハイ」

http://www.rinnou.net/cont_04/zengo/070701.html
(臨済宗・黄檗宗の公式サイトより)
――――――
このエピソードは「主人公」という言葉の由来とされています。今は主役のように用いられる「主人公」ですが、ここでは、本当の自分、主体的な自分という意味。つまり、常に自分自身に「目を覚ましているか?」、「周囲に振り回されていないか?」と問い続けることが大事なんですね。

禅の境地とは、世の中の常識や価値観に振り回されず、自分で自分の人生を歩み切るというもの。私は、ジュリーのドタキャン騒動に、周囲におもねらない「主人公」の姿を見たのでしょう。

それにひきかえ、私たちは、常識や世間体を気にして、物事を考えてしまいがち。窮屈に思いながらも、そうせざるをえないのが私たちの哀しい性(さが)。世の中のジュリー叩きも、どこかに、「そんな風に自分を譲らないで生きてみたいよ」という羨望のまなざしが混じっていたのかもしれません。

ジュリーのようにはいきませんが、私たちも自分の人生の「主人公」として、自問自答しながら生きてみたいものですね。

ちなみに、ジュリー騒動の母なりの結論は、

「あんな頑固な男とは結婚できないわね。」

母はしっかり主人公として生きているようです。