サンタ菩薩がやってくる

寺報『信友』224号の巻頭「サンタ菩薩がやってくる」を転載いたします。

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今年も残すところ一か月となってまいりました。第6波が危惧されていますが、今年こそは忘年会で杯を上げたい方も多いことでしょう。私もその一人ですので、現在の状況が維持されることを願うばかりです。

さて、年末を迎えるにあたり、妻がある相談をしてきました。娘のためにクリスマスツリーを買ってもいいかと。

「えええっ?」

私の心は動揺を隠せません。なにせ、私の人生の中に、家にクリスマスツリーがあるなんていう経験がありません。祖父は、一般家庭から仏門に入った厳格な僧侶でしたので、クリスマスの「ク」の字でも聞いたら怒る人でした。ドリフターズのクリスマス特番を、テレビの音量を小さくして、ビクビクしながら姉と見ていたものです。なので、クリスマスプレゼントをもらったことも、サンタの存在を信じたこともなく育っている私。

妻も臨済宗の寺の娘なので、てっきり同じ境遇で育ったのかと思いきや、ちゃんとツリーを飾り、サンタさんに手紙を書いて、起きたら枕元にプレゼントがある幼少期だったとのこと。

「へー、お寺でもそんなことするんだ!」と驚嘆する私でしたが、夫婦の会話を聞いていた姉が、「私もそうだったよ」とさらに驚きの一言。

この姉弟の違いは、なぜ生じたのでしょう?

姉が生まれた当時、両親は日野市に居を構えて、祖父と離れた生活をしていました。そこでは一般家庭と同じく、クリスマスが存在していました。姉が四歳の時、私が生まれる直前に寺での祖父母との同居、つまりクリスマスが存在しない生活が始まります。

クリスマスの味を知ってしまっていた姉は、本棚の中に小さいクリスマスツリーを飾り、布でカーテンを作り、ツリーを隠していました。不憫に思った両親も、プレゼントをあげていたみたいです。姉曰く、それはまるで「隠れキリシタン」だったとか。

私自身は、クリスマスがある家庭をうらやましいと思ったこともないですし、疎外感を持ったこともありません。娘にクリスマスはマヤカシだよと教え育ててもいいかなと思っていましたが、「そんなのかわいそう」と断固反対の妻と姉。クリスマスの味を知っている二人からすると、知らない私は「かわいそう」なようです。(姉は、途中で方針転換をされる方が、もっとかわいそうと言っていますが。)

まあ、もはやキリスト教徒以外には、宗教色のほとんどない年中行事となっているクリスマスに、祖父のように目くじらを立てることもないなと思います。妻と姉のように楽しい思い出として語れるのなら、娘にクリスマスを味わってもらうのも悪くありません。

ある僧侶の友人が、「サンタさんは世界中の子供たちを笑顔にするために汗を流す菩薩さまなんですよ」と言っていたことを思い出します。人々の苦を取り除き、楽を与えるのが菩薩さま。たしかに、サンタさんはサンタ菩薩と言っても良いかもしれませんね。

コロナで我慢を強いられた子供たちに、今年もサンタ菩薩が笑顔を届けてくれることを願いつつ、わが家も初のクリスマスツリーを迎えることになりそうです。

人のふり見て

寺報『信友』223号の巻頭「人のふり見て」を転載いたします。

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前号で母の悪性リンパ腫のことを書きましたら、多くの方にお見舞いのお言葉をいただきました。心より感謝申し上げます。

ジュリーのライブで興奮したせいか、リンパがまた動き出しまして、現在、再々発の治療中です。どうも完治しにくいタイプのようなので、これを繰り返していくしかありません。家族一同、そんなに落ち込んではおりません。その点はご安心ください。

何度となく通院、入院に付き添っていて痛感するのは、伝え方の大切さです。

主治医から治療方針の説明を受ける際、こんなことがありました。

主治医のかたわらでメモを取る若い研修医。そのメモは治療同意書というもので、説明後にサインを求められ、控えを渡されます。

入院の手持ち無沙汰に、控えを読み返して、ビックリする母。そこには、「薬が効く確率は20パーセント」と書かれていました。ほとんど治る見込みがないのかと落胆するのも無理もありません。

実際の説明は、「新薬も試してみたいところだけれど、効く確率が20パーセントしかないので、今回は前回と同じ薬にしましょう」でした。耳が遠くなっている母には、主治医の説明が半分くらいしか聞こえておらず、メモを見て卒倒寸前だったのです。

「もっと丁寧にメモしてもらえないものかね」、「医学だけじゃなく国語も勉強してほしいよね」と愚痴をこぼす文系一家の我が家。しかし、同じことは僧侶にも言えるのかもしれません。

医師と患者、僧侶と檀家。どちらも、専門知識(医学・仏教)と特殊技能(手術・儀式)を持つ側が優位に立ち、不安や切実な願いを抱えた人に接するのです。なかなか医師に直接不満を言えないように、私も不満を言われにくい立場にいることを自覚しなければいけません。

「あの人は成仏できているのでしょうか」から、「四十九日には何をお持ちすれば良いでしょうか」まで、私はしっかりお答えできているでしょうか。医師のふり見て我がふり直せと気を引き締めた夏でした。

母はといえば、病室に来る看護師さんたちに例のメモを見せては、「あなた、これどう思う?」と憤懣やるかたない思いをぶつけていたら、若い研修医が毎日顔を出すようになったそうです。患者も言うべきことは言う、それが医師を育てるのかもしれません。患者からの伝え方も大事なんですね。

人生のいろどり

寺報『信友』222号の巻頭「人生のいろどり」を転載いたします。

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5月28日、東京駅からほど近い巨大な建物の前には、検温を待つ高齢者たちの長蛇の列。さて、ここはどこうでしょうか?

大手町の大規模接種会場と思った方。あなたは常識人です。しかし、答えは残念ながらハズレ。

正解は、東京国際フォーラム。沢田研二のコンサート前の様子でした。「こんな時期に?」と思う方がほとんどでしょう。でも、やったのです。

そして、そのコンサートに、82になるジュリーファンの母を送迎してきました。医療従事者の方や自粛生活を徹底している方には申し訳ないのですが、これには訳がありまして……。

実は昨年の春、母が悪性リンパ腫を発症しました。3年前から悪性リンパ腫の疑いがあり、経過観察を続けてきましたが、2月頃より、急激に食欲が低下。50キロ以上あった体重が、数ヶ月で36キロまでに減少します。各種の検査の結果、ステージは4。このままではダメだということで、6月から抗がん剤治療のスタートとなりました。

抗がん剤の投与のために5日間入院、自宅で3週間療養。これを6回繰り返します。副作用は当然あります。なかでも大変だったのは貧血。抗がん剤が骨髄の造血機能を抑制するらしく、回数を重ねるごとに貧血が悪化。四回目の入院からは、輸血をするほどでした。

5回目の抗がん剤投与を終えると、「6回目をやると骨髄の機能が戻らなくなるかもしれないから、5回目で終了しましょう」と主治医。検査の結果、少しリンパ腫は残っているけれど、部分寛解という診断。いやぁ、良かった良かったと家族一同、胸を撫で下ろして年末年始を迎えられました。

ところが、そうは問屋がおろしません。今年1月の半ば、体温が37度を超える日が2日ほど続くと、一気に39度に。酸素量も80%と危険な数値です。

検査の結果、胸に水が溜まっていることによる発熱と低酸素で、原因は悪性リンパ腫の再発とのこと。即入院・抗がん剤治療です。これには母も家族も相当こたえました。予後不良の可能性が高いと言われていましたが、たった2ヶ月半での再発で、ため息しか出ません。

せっかく生え揃ってきた髪もまたツルツルになってしまいましたが、「孫の記憶に残るまでは頑張って生きなきゃ」と懸命に励まし、なんとか全3回の抗がん剤治療を終了。一定の効果があり、今は月に1回の経過観察に移りました。

そんな矢先に、ジュリーのコンサートが決まったのです。ワクチン未接種の不安はありつつも、闘病のご褒美だとチケットを購入。本人も直前まで渋っていましたが、大満足で帰ってきました。

演劇や映画、コンサートなどのエンターテイメントは、コロナ禍のなかで「不要不急」とされ、不必要なものと扱われてきた一年でした。しかし、少なくとも、いつ再々発するか分からない母にとって、ジュリーのコンサートは、生きる喜びを感じ、明日への意欲を得られる、今しかないひと時でした。

仏教では「欲望」はなるべく小さくするよう説きますが、「意欲」を否定するものではありません。そもそも、意欲がなければ前向きには生きられません。3食昼寝付きでも生涯独房だったら、どうでしょうか。人と出会う、音楽を聴く、旅をする、笑い、泣き、感動する。そんな人生の彩りがあってこそ、生きる意欲がわくのではないでしょうか。

この1年、「あそこに行きたい」、「あの人に会いたい」と願いながら、コロナのために叶わぬまま、亡くなられた方も多いことでしょう。お見舞いのない闘病は苦しく、意欲も減退するでしょう。

本当にコロナが憎らしいですね。僧侶が「憎い」なんて言葉を使うべきではないのですが、がん患者の家族となってみて、ご本人や家族の無念があらためて察せられるのです。

限られた時間のなか、些細なことでも願いを叶えてあげたいと誰しも思うもの。「コロナが無ければ……」という後悔をせずに済むよう、ただただ、一日も早い収束を祈るばかりです。

母からは、みなさんに心配をかけるから『信友』には書くなと言われていましたが、ジュリーに会いに行けるまで回復したらご報告しようと思っておりました。今は大工の棟梁くらいの髪の量、体重も少しずつ戻っておりますので、ご安心ください。

静けさの中に友となる

寺報『信友』221号の巻頭「静けさの中に友となる」を転載いたします。
今回の『信友』には、写真のお線香を同封いたしました。
どうしてお線香を同封したのかを書かせていただきました。

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日本で新型コロナウイルスの感染が確認されて、もう一年が経ちます。東京の感染者が数十人というニュースに慌てていたあの頃に懐かしさすら覚えてしまいます。みなさま、それぞれに辛抱しながら、この一年を頑張ってこられたことでしょう。心よりお見舞いを申し上げます。

一年前の「信友」では、春の彼岸法要をいつも通りの形でご案内をしていました。つまり、みなさんにお寺にお集まりいただき、お弁当をお出しし、住職が法話をして、法要では、みなさんと一緒にお念仏をお唱えするというもの。

しかし、感染が拡大したため、無参集という形に変更せざるをえませんでした。飲食は危険、大勢で声を出すなんてもってのほか。そんなことを専門家から言われてしまうと、お寺の行事は危険がいっぱい。毎回、五、六十人のご参集があったこと、なんて幸せなことだったかと溜息が出てしまいます。

「アクリル板を置いたらお弁当もOKかな?」「マスクをしていれば、ご参集していただいても大丈夫では?」などと考えてはみますが、不安が拭い切れません。やはり、安心して手を合わせていただくのが何よりも大事なこと。まだまだ辛抱と思っております。どうかご理解のほど、お願いいたします。(当日、墓参等で近隣にお越しの際、法要にお立ち寄りいただくのは構いません)

さて、もう一年も信友のみなさまとお会いできていないのだなあと思いまして、何か繋がりを感じていただけるものは無いだろうかと頭をひねってみた私。ひらめいたのが、同封のお線香です。

お寺にお線香は付き物。お仏壇にお線香をお供えしていただき、その香りから、蓮宝寺を思い出していただけたらと淡い期待を込めていますが、実は、お香には、「香の十徳」といって、古くから十の徳があると言われています。

感格鬼神(感性が研ぎ澄まされる)
清浄心身(身も心も清らかにする)
能除汚穢(よく汚れを取り除く)
能覚睡眠(よく眠りを覚ます)
静中成友(静けさの中に友となる)
塵裏愉閑(多忙な中にホッと一息)
多而不厭(多くても邪魔にならず)
寡而為足(少量でも十分に足りる)
久蔵不朽(長期保存して大丈夫)
常用無障(常用しても支障なし)

今回、特に注目したいのは、五番目の「静中成友」。静けさの中に友となる……。なんだか、分かるようで分かりません。どうやら、「孤独感を和らげる」と解釈するようです。静けさというのは、一人ぼっちの状態。そこで友となってくれるのが、お香の良いかおりということなのでしょう。

コロナ禍で会いたい人に会えない。サークルや趣味の集まりにもいけない。お友達とおしゃべりができない。お墓参りにも行けない。そんな寂しさをお線香で少しでも癒していただければ、私も嬉しい限りです。

とても香りのよいお線香ですので、お仏壇に限らず、アロマ代わりにお使いになってもかまいません。コロナに感染すると、鼻が効かなくなると聞きます。「今日もいい香りがするから、感染していなさそうだ」と嗅覚チェックにもお使いください。

本堂にお雛様

娘が生まれたということで、私の母が「お雛様を出してあげましょう」と号令を発しました。お雛様は女の子が生まれるたびに新しいお人形を用意し、子どもの身代わりとして災厄をお人形に受けてもらうというのが本来だそうですが、固いことは抜きにして、姉が誕生した時のお祝いのお雛様を出すことにしました。

四十数年前に母の実家から届いた七段飾りのひな人形も、姉が成長するにつれ、飾られることもなくなり、かれこれ三十年以上、本堂の人目に付かない段ボールの中で眠っていました。 おそるおそる開けてみると、ほとんど傷んでおらず、久しぶりに日の目を浴びて嬉しそうです。

育児という名の修行

寺報『信友』220号の巻頭「育児という名の修行」を転載いたします。
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前号の『信友』で長女の誕生の報告をさせていただきましたら、多くのお祝いのお言葉を頂戴しました。誠にありがたく、感謝申し上げます。

 

おかげさまで健やかに育ち、間もなく4か月目を迎えようとしています。ということは、私も父親になって4か月。体はすっかり43歳のメタボおじさんですが、まだまだヒヨッコ親父。父親修業中です。

いや、「修行」といっても良いかもしれません。実に仏教を学ぶ修行になっています。

仏教を開いたお釈迦様は、29歳で出家をしたのですが、その直前に男の子を授かったと言われています。お釈迦さまがその子につけた名前は、ラーフラ。なんと、障がい、妨げという意味。昔、我が子に「悪魔」と命名して、役所で拒否されたなんてニュースを思い出し、2500年前にも、とんでもない親父がいたものだと驚かれる方もいらっしゃるでしょう。

この名前の由来には諸説ありますが、出家を前にして、子どもに情が移らないように名付けたとか、「乗り越えなければいけない障がいができた」と名付けたという説があります。

家族を捨て、悟りを目指そうと決意したお釈迦様にとっても、我が子はやはりかわいく、捨てがたかったのでしょう。たしかに子どもはこの上なくかわいい。しかし、この愛おしいと思う気持ちは、下手をすると、すぐに執着に転じてしまいます。この子に彼氏が出来たらどうしようと今から不安になるのも、執着。思い通りに育って欲しいと願うのも、仏教では執着になります。執着とは、心がとらわれてしまうこと。苦しみの源でもあるのです。

子どもを持つことは、もっとも強い執着を生み出しかねない。お釈迦様は、人間が持つこの情動を冷静に見極めていたのだと思います。

一方で、育児をしていると、執着の無意味さにも出会います。

11月のある日、妻が美容院に行ったので、私が一人で見ていると、ウンチをした娘。お尻を拭こうとした隙に、オシッコもしてしまい、服もビショビショです。

慌てた私は、娘の服を脱がせてスッポンポンにしますが、着替え探しに手間取ってしまい、手が付けられないほどに大泣きをさせてしまいます。

ゴメンゴメンと言いながら、抱っこしても泣き声は大きくなるばかり。こりゃダメだと、ベビーカーで多磨霊園を散歩しても、20分近く、ぐずっていました。秋空の下、私は汗でびっしょり。お墓参りに来ていた方は、困り果てた顔をしてベビーカーを押す私を見て、奥さんに逃げられたのかと思ったかもしれません。

つくづく「思い通りになってくれないなぁ」と思いました。でも、この「思い通りにならない」と思い知ることが、仏教の修行なんですね。「思い通りになって欲しい」というのはまさに執着、欲望です。執着があるから、思い通りになってくれないと苦しい。そのままを無条件に受け入れるしかないことに気付かされます。

そんなこんなで、修行に励んでおります。次にみなさんにお会いする時は、一回り精神的に成長しているかも……。期待をしないで待っていてください。

閉塞感ただよう今

5月には緊急事態宣言を受け、『信友』も臨時号を発行して、コロナの不安との付き合い方をお伝えしました。あの頃は、年末にはホッとできているのではないかという一抹の淡い期待がありました。しかし、現実には今もなお拡大するコロナ禍に、疲れ切ってしまいますね。

そんな先行きの見えない世相を反映してか、夏から自ら命を絶たれる方の数が前年と比べて増加の一途をたどっています。著名人の自死が相次ぎ、心が沈んだ方もいらっしゃるでしょう。

かれこれ13年ほど、「自死・自殺に向き合う僧侶の会」で死にたいという方々の相談を受けていますが、みなさん、死ぬことばかり考えているわけではありません。生きることも真剣に考えています。「本当は生きていたいけれど、生きていけないほどつらい」、「死んで楽になりたいけど、死んではダメと踏ん張っています」と、「生きたい」と「死にたい」のはざまで思い悩んでいらっしゃいます。

学生に自死について授業をすることがあります。そこで伝えたいことは主に二点。

一つには、自死で亡くなった方に偏見を持たないで欲しいということ。自死は命を粗末にしているわけでなく、死の瞬間まで、真剣に悩んだのだ。精一杯生き切ったのだと思ってもらいたい。よく自死をした人は成仏できないと言われますが、少なくとも浄土宗ではそのようなことはありません。阿弥陀様は亡くなり方で差別することなく、救ってくださいます。

もう一つは、自分自身が死にたいと思うほど悩んだ時に、抜けだせる強さ。この強さは、腕力や精神力ではありません。人に頼れる強さ、相談できる強さです。みんな弱いんだから、頑張らなくてもいいじゃない、どんどん人に頼りましょうよ、と。自分の弱さを認められる強さと言ってもいいでしょう。思い悩むことの多い若者だからこそ、この二つを身に着けて欲しいと願っています。

コロナ禍の苦しさの中で自ら命を絶った方々に阿弥陀様の救いがありますように。

今、思い悩んでいる方々が誰かに頼ることで、一歩進めますように。

そして、信友のみなさまが心穏やかに年末年始を過ごせますようにと祈ります。

家族になること

寺報『信友』219号の巻頭「家族になること」を転載いたします。
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長い梅雨が明けた途端に猛烈な暑さがやってきました。コロナに加えて、熱中症にも気を付けながら、くれぐれも体調にお気をつけてお過ごしください。
秋の彼岸会法要も、今般のコロナ感染状況、三密防止を考慮しまして、参集しない形でお勤めすることにいたしました。今年は、年3回の皆さんにお会いする尊い機会を全て失うことになり、断腸の思いです。ご理解くださいますようお願い申し上げます。

2016年10月に結婚してから、信友の皆さんには、「お子さんは?」と気にかけていただいておりました。のんびり屋の私は、まあ、授かる時に授かるだろうくらいに考えていましたが、年々低下する私の(子育ての)体力を案じる妻。
授かりかかったことはあったのですが、なかなか育つことができず、夫婦で話し合って、不妊治療を受けることに。いろいろと調べ、勉強するなかで、子どもを授かるということがいかに当たり前ではなく、奇跡的なものかということが良く分かりました。同時に苦しみの深さも知りました。
第一段階の治療を一年近くやってみましたがうまくいきません。毎月ホルモンの薬を飲まなければいけない妻はそのたびにだるそうですし、見ている私も胸が痛んだものです。結果が出なければ、お互いに落胆は隠せません。難しさを分かっていても、どうしても期待してしまう欲に苦しみます。

そんななかで、私たちを癒してくれたのは飼い猫のペイでした。2000年の4月、生後2か月で父が買ってきた猫で、今年で20歳、人間でいえば、100歳にならんとする老猫です。
妻は結婚するまで猫を触ったことがなく、動物自体が苦手。結婚したら猫と同居という話をする時も、「もうおじいちゃんだから、もうすぐ亡くなるから」と説得をしたほどです。
しかし、そもそも妻に猫好きの素質があったのでしょう、すぐに妻とペイは仲良しになってくれました。ペイは隙あらば妻に抱っこをせがみ、寝る時は、私と妻の間に入り、妻の布団に潜り込みます。あたかも二人の子どものようで、寝顔に癒されていました。
私たちの会話は、「ペイはどうした?」で始まる毎日。妻がやってくるまでは、「飼っている猫」でしたが、妻のおかげでペイは家族の一員になれたような気がします。

昨年の10月頃、不妊治療に疲れた私たちは、少し休んで、年が明けたら、第二段階(体外受精)に移ろうということに。
お酒が大好きな私たちは、体外受精をすれば、しばらくお酒を楽しめなくなるから、この年末年始は飲み納めだねと杯を交わします。ところが、妻の杯が進みません。お酒が美味しくないというのです。妻の口からそんな言葉を聞くなんて、天と地がひっくり返る出来事です。
だるさもあり、これは何かホルモンの影響かもしれない。正月明けに婦人科に行きますと、
「あれ?妊娠してるね。保健センターに行って、母子手帳を発行してもらってきて」
全く想定外の言葉に、お互いに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまいました。嬉しいというより、驚きの方が勝っていたことを記憶しています。気を緩めたのが良かったのか、結果的には不妊治療をお休みした間に授かったようでした。
コロナ禍のさなかの妊娠ということ、また、これまでの経験から、無事に生まれてきてくれるだろうかという不安は、安定期に入ってからも強くありました。
一方で、コロナ禍のおかげで、私の大学勤務もオンラインとなり、妊娠中の妻のそばにずっといられたことは幸いでした。運動を兼ねて、徒歩で1駅、2駅先くらいまで買い物に出かける毎日。つわりでつらそうな妻に寄り添うように、ペイもいつも一緒に寝ていました。
妻は実家のある秋田で出産をすることになり、6月初旬に里帰り。妻の実家には3人を育てた義祖母、4人を育てた義父母がいるので、安心です。
ただ、安心できなかったのはペイで、2週間ほどで背中に大きなハゲが出現。動物病院でいろいろ調べても原因は特定できず、「考えられるのは、奥さんがいないストレスでしょう」という診断。いかに慕っていたかが分かります。私が不在になっても、そんなことは起きなかったはずです。
元々、腎臓が悪く、心臓も遺伝的に悪くなる猫種で、20歳という年齢から、いつどうなってもおかしくありません。7月末から急にぐったりし出し、8月に入ると、自力でトイレもままならず、オムツを使用することに。食欲のないペイのため、料理が苦手な私も、圧力鍋で鶏肉を煮立てて餌を手作り。手で一口ずつ与えるなど、すっかり介護状態。妻も秋田から心配しますが、どうにもなりません。
ところが、ペイの持つ生命力は驚くほどで、数日経つと、自力で歩き、椅子にも登り、数日後には、オムツを外せるまでに回復しました。
そんなペイに安心をしたのか、ペイがオムツを外せた日の夜に妻は破水し、緊急入院。数日前に秋田でもクラスターが発生したため、一切の面会・立ち会いが禁止されるなか、妻は一人で頑張ってくれました。翌日の午後5時29分、3005グラムの元気な女の子を無事に出産いたしました。
私は8月15日から3日間、秋田の実家に行き、娘と初対面。(念のため、自費のPCR検査も受けました。)実際に対面すると本当に小さい。それだけに、いのちの尊さを思います。よくここまで育ってくれたと感謝の念で一杯です。
その顔を見ていると、全ての赤ん坊は邪心なく、澄み切った心で生まれてくるのだろうと思えてきます。その心をどう色づけていくのか、これは親の責任なのだと気が引き締まりました。

16日の夜、姉から電話が鳴ります。「ペイが亡くなった」と。仕事から帰り、夜の餌を上げようとした姉が見たものは、いつもの椅子の上で息絶えたペイでした。
一時期はもうダメだと諦めましたが、持ち直し、この調子だと、妻に再会するまで生きられるんじゃないかと思うほどに元気になったペイ。私はすっかり安心して、秋田に来ていました。
その日の朝も餌を食べ、オシッコも自力で出せていたそうです。死後硬直の具合から、おそらく夕方に旅立ったと姉は言います。
私はとにかく長く苦しむペイは見たくないし、死ぬところも見たくないので、それは姉に任せると冗談半分に言っていました。椅子に登れたということは、死の直前まで動けていたのでしょう。そして、しっかり姉を第一発見者にしてくれました。
猫は死期をさとると言います。妻が娘を産むまでは、私が娘と会うまでは、なんとか生きていようと頑張ってくれたのかなと思います。ペイが亡くなったころ、私と妻と娘は川の字で昼寝をしていました。私たちのショックが小さくて済むように、幸せな時に旅立ったのかもしれません。

家族になること。それは、この上ない喜びです。奇跡的に育まれたいのちとの出会いであり、関係を深く結んでいくこと。
ですが、別れることの恐怖と苦しさも常にあります。妻のおかげでかけがえのない家族となったペイとの別れの悲しさ、苦しさは想像以上でしたが、それだけ関係を結べたからこその副産物と受け止めています。
妻のおかげで出会えた娘とも、いつか別れることになります。順調なら私が先にお浄土に行くでしょう。その時、娘に手を握って、涙を流してもらえるような父親になれるよう、いつ逝っても悔いのないように愛情を注いでいきたいと思います。

やつれさせない男

今月発行いたしました寺報『信友』218号の巻頭「やつれさせない男」を転載いたします。
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この原稿を書いているのは、5月17日。ニュースによると、東京の新規感染者が5名、全国で24名とのことで、このまま第一波の収束が期待されるところですが、皆さんのお手元に届く頃の予測が全くつかないのが、伝染病の怖いところですね。
前号では、コロナ禍のなかで、不安とどう付き合っていけば良いのか、仏教を土台に書かせていただきました。今号は一転、こんな時にはくだらない話で息抜きも必要かと思いまして、私のしがない恋話を書いてみます。

志村けんさんのショックもまだ明けやらぬ4月23日、岡江久美子さんの突然の訃報が報じられました。志村さんと違い、入院の報道もありませんでしたから、心の準備もできず、驚かれた方は多いことでしょう。
テレビでは岡江さんの死にいたる経緯や無言の帰宅の様子が流され、追悼特番も放送されています。でも、どうしても私は見れません。志村さんの追悼番組は見ることができるのですが、岡江さんの番組はどうしても見れません。

いつの頃からか、私は岡江さんのファンでした。すごい美人で、性格も明るくて……と、高校の同級生に岡江さんの良さを力説しても、誰もピンと来ません。まあ普通の高校生ならば、好きな女性タレントに同世代のアイドルを挙げるところ、21歳も年上の女優さんを挙げるのですから、私も変わり者です。今にして思えば、年上の女性のお相手をすることが多いこの職業の素質が既にあったのかもしれません。
岡江さんは大和田獏さんと結婚していましたが、獏さんにヤキモチを焼くということはありませんでした。年の差からして、岡江さんを恋愛対象として見ていなかったということもありますが、他にも大きな要因があります。
テレビの岡江さんを食い入るように見る私に、母はいつも「久美子ちゃんがこんなにきれいでいられるのは、獏ちゃんが優しいからよ」と諭していたのです。それが刷り込まれて、岡江さんの美しさは獏さんのおかげなんだと、獏さんに感謝の念すら持つようになりました。

高校の通学は神保町が乗換駅でしたので、よく帰り道に途中下車をして、古本街を歩きました。
ある日のこと、文省堂という古本屋の店頭に飾られた岡江さんの若き日の写真集を発見。値段はなんと3万円!高校生の私には手が出せません。インターネットなど無い時代ですから、内容も分かりませんが、3万円という金額が「お宝」という雰囲気を醸し出していました。
それ以降、文省堂の前を通るたびに、売れていないことを確認するのが習慣になり、誰も買わないことを祈る日々。
悩んだ私は、姉に、岡江さんの写真集が3万円で売られていること、なんとかならないものかと相談をしてみました。すると「大学受験に合格したら、入学祝で買ってあげる」と思わぬ一声。
受験勉強も佳境に入っていた高校3年の私は、その言葉を糧にラストスパート。おかげでなんとか志望校に合格することができ、姉も約束を守ってくれました。大学合格は岡江さんと姉のおかげと言っても過言ではありません。

大学入学後はテレビの岡江さんより生身の女性に目が行くようなり、時間を経る中で、私の中の岡江さんの存在は小さくなっていきました。
随分と年月が経った39歳の時、岡江さん夫妻を思い出します。妻との結婚が決まってからというもの、母は口を酸っぱく、こう言うのです。
「奥さんをやつれさせたら、あなたの責任よ」
「妻をやつれさせない夫」といえば、私の中では獏さんしかいません。「ああ、俺は獏さんにならないといけないんだ」と重責がのしかかります。稼ぎはかなわない分、せめて優しさは獏さん以上に……と。

岡江さんの追悼番組を見ることができない理由に戻りましょう。岡江さんのファンとして、死を受け入れたくないという気持ちが理由の一つ目。そして、妻を持つようになった自分と獏さんを重ね合わせて、その痛々しい姿を見ていられないというのが二つ目の理由です。
獏さんは自分の命と引き換えでも良いからと岡江さんの生を祈ったことでしょう。しかし、非情にも、死は訪れました。どれだけ愛情を注いでも、どれだけ生を願っても、愛する人の死という運命は、時も人も選ばずにやってきます。
老少不定(死は年齢に関係ない)、生者必滅(生あるものは必ず死ぬ)としたり顔で仏教を語っていても、我が事となると恐怖に怯えてしまう私がいます。仏教の視点からは、いつどうなるか分からないからこそ、今という一瞬一瞬を大事にしなければいけないのですが、やはり、「死」は恐ろしいものです。
ただ、今回、自分が死に怯える愚者であると実感すると、阿弥陀さまの極楽浄土で亡き人に再会できるということは、本当に救いだなあと思えます。岡江さんと獏さんもきっといつの日か笑顔で再会をされるはずです。

さて、岡江さんほど美しいかはさておき、今のところ、妻はやつれてはいないようです。どちらが先に旅立つか分かりませんが、「妻をやつれさせない夫」でいられるよう、まずは今日一日、妻に優しくあろうと思います。

不安との付き合い方

新年度が始まり、心躍らせる季節のはずが、新型コロナで大変な状況です。

最前線で懸命に働かれている医療従事者、福祉関係の方々、流通や小売など日常生活維持のために尽力されている職業の方々に心より敬意を表します。また、経済的に大きな影響を受けている方々には、行政の支援があることを願っております。

寺院として何かできることはないかと自問自答してはみるものの、浄土宗で疫病退散の御祈願ができるわけでもなく、平安を祈るのみです。

人間の歴史は疫病との闘いの歴史とも言われます。人間の移動範囲が格段に広がった現代は、昔よりも疫病が流行しやすい世界。今の新型コロナが落ち着いても、また新しいウィルスが十年、二十年くらい後に猛威を振るうと予想する人もいます。

「疫病との闘いの歴史」と書きましたが、人間が疫病に完全に勝利したことは天然痘の一回だけだそうです。他のウィルスは根絶することはできず、予防ワクチンや薬の開発はできても、ウィルスを無くすことはできていないのだとか。ですから、「ウィルスとの付き合い方を習得する歴史」と言った方が適切なのかもしれません。

ワクチンや薬の開発に一年以上はかかるはずです。焦らずに付き合い方を学んでいくしかありません。

仏教精神でこの事態にどう対応したら良いのかと考えていましたら、東日本大震災直後の彼岸法要でお配りしたメッセージを思い出しました。

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六波羅蜜を実践しましょう!

お彼岸とは、もともと「六波羅蜜(ろくはらみつ)」という六つの仏教修行を行ない、彼岸(悟りの境地)を目指す期間であったとも言われています。

こんな大変な時期だからこそ、六波羅蜜を行いませんか?

1.布施波羅蜜:義援金や救済物資を被災者に届けましょう

2.持戒波羅蜜:自らの生活を律しましょう

3.忍辱波羅蜜:不自由、不便に文句を言わないようにしましょう

4.精進波羅蜜:自分が今できることを粛々としましょう

5.禅定波羅蜜:まずは心を落ち着けましょう

6.智慧波羅蜜:デマに惑わされず正しい情報をもとに、自らのなすべきことを考えましょう

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簡単に言えば、欲を小さくし、他者のためを思い、心を乱されず、あるがままに物を見ましょうということ。(本当に簡単に言ってしまって、仏教学者に知られたら怒られますので、ご内密に)どれも今の状況でも、役立てられるのではと思います。

布施は、今なら、必要以上に買い占めることなく、自分が得られるであろうものを他者に振り分けるということも当てはまります。また、柔和な表情や優しい言葉も、他者に安心を与える布施(無畏施といいます)になり、緊張が高まる世の中に求められていますね。

持戒は、こまめな手洗い、うがい、咳エチケット、免疫を高めるための規則正しい食事・睡眠、常に水分補給を欠かさないということも。

忍辱は、不当な不自由に文句を言うなという意味ではなく、はたして今、不自由・不便に感じていることは、本当にそうなのかと一度立ち止まって考えてみましょうという意味です。

精進は、書いてある通りです。家の中ばかりでやることがないとお嘆きの方も、落ち着いてみればやることが見えてくるかもしれません。奥様の家事の手伝い、お仏壇のお掃除などなど。

禅定は、国民のストレスが総じて高くなっている今、とても大事なことかもしれません。イライラしたり、不安だったり、そんな時にはまずは一息つきましょう。そして、「イライラする!」「コロナが怖い!」と感じていたら、頭の中で「私はイライラしている」「私はコロナを怖がっている」と文章変換してみましょう。すると、「私」と「感情」が切り離されて、心が少しだけ落ち着きます。また、お念仏も心を落ち着けるのにオススメです。

智慧は、テレビなどに一喜一憂しないということでしょうか。基本的に、テレビは不安をあおるのが仕事。買い占めはやめましょうと言っておきながら、空っぽの商品棚をこれでもかと映せば、そりゃ慌てて買いに行くのが人間の心理というもの。「ウィルスは空中に三時間以上、生存する」と報道されましたが、裏を返せば、四時間は生存しないわけです。見せ方ひとつで不安にもなるし、安心にもなるので、冷静に見極めましょう。

コメンテーターも誰が本当のことを言っているのかよく分かりません。話半分に聞き、科学的根拠を求めましょう。そもそも、誰もがこんな事態は初体験なのですから。

こういう状況下では、他人を許せなくなりがちです。ニュースを見れば、「なんで若者は外出してるんだ」と怒りを感じることでしょう。「家に居場所がないのかも」、「一人で家にいる孤独に耐えられないのかも」と少し視点を変えてニュースを見れば、許せるようになることも。

六波羅蜜は、それぞれが独立するものではなく、全てがつながっているものです。どれか一つを心がければ、他の五つも自然と実践できるようになると思います。

とはいえ、私たちは不完全な生き物です。怒りも不安も戸惑いも、ウィルスと同じく、ゼロにはできません。根絶を目標とせず、不安とうまく付き合っていくことを目指して、六波羅蜜をお試しください。

みなさんの日々の生活が、ほんの少しでも穏やかになるよう、お役立ていただければ幸いです。

いつもは寺報「信友」発送後にHPに転載している巻頭文ですが、今回発送がやや遅れておりますので、先にHPに掲載いたしました。)