更新が滞りまして、誠にすみません。
11月19日(土)に六本木にある東洋英和女学院大学で行われます、シンポジウム「生と死をめぐる地域・実践活動」に僭越ながら登壇いたします。
2011年にも登壇していますが、5年でずいぶんと自分の環境が変わったなぁと感じています。
2011年のシンポジウムで初めてお会いした西尾温文さんと、まさか子どものグリーフケアの団体を立ち上げるとは思いもしませんでした。
今回は、そのエッグツリーハウスのお話をさせていただく予定です。
(まだ何も準備できていないので、今から急ピッチで準備しないといけません。)
ご都合のよろしい方は是非ご参加ください。
http://www.toyoeiwa.ac.jp/daigakuin/shiseigaku/news/1119.html
日時:2016年11月19日(土) 14:40~17:50(受付開始 14:10)
場所:東洋英和女学院大学大学院校舎(205教室)
参加費:1,000円(ただし本学院在校生・教職員は無料)
発題(1)奥野滋子「健康とは何か―地域で支え、看取るために」
発題(2)小川有閑「死別体験のある子どもとその後」
発題(3)高橋 原「ケアの場に求められる宗教性とは何か?」
シンポジウムチラシ
作成者アーカイブ: Yukan@Renpouji
秋季彼岸法要のお知らせ
恒例の秋のお彼岸の法要を、本年は9月24日(土)におこないます。
おとき 11時より
お話 13時
法要 14時
(寺報「信友」に「秋の施餓鬼法要」と誤記がございました。訂正してお詫びいたします。)
本のご紹介
更新が滞ってしまい、申し訳ございません。
今回の更新も本のご紹介になります。
私の姉が『家族で看取るおくりびとの心得一〇』(著者・髙丸慶、学研プラス、一四〇四円)という本を手がけました。
著者の髙丸さんは、末期がん患者の看取りに特化した訪問看護サービスを手掛けている看護師さん。
現場での経験をもとに、余命を告げられた日から家族ができることを丁寧に分かりやすく説明しています。
姉自身が父を看取った経験から、実際に困ったこと、役立ったことを本に反映させていますので、実用的な内容になっています。
Amazonのページはこちら。

本のご紹介
編集者をしております住職の姉が『人は死んだらどうなるのか――あの世のルール』(著者・さとう有作、幻冬舎、1,080円)という本を手がけました。
漫画で亡くなってからどこにいって、どんな裁きを受けるのかということを、明るく描いた本です。
死を扱っていますが、暗さは全くなく、思わずくすりとしてしまう描写が散りばめられていて、老若男女とわず楽しめる一冊です。
Amazonのページはこちらです。

あらためまして
寺報をやっと檀信徒の皆様にお送りすることができました。以下に転載いたします。
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春の彼岸法要におまいりいただいた方々にはお伝えいたしましたが、三月七日に浄土宗から私への住職就任の任命書が届きました。その後、法務局への登記(住職は宗教法人の代表役員なので)を済ませまして、法的にも蓮宝寺第三世の住職となりました。はなはだ浅学菲才の身ではございますが、何卒、よろしくお願い申し上げます。
住職を引き継いでみて、重い責任をあらためて感じます。登記簿によれば、蓮宝寺が法人として成立したのは昭和三十四年。きわめて歴史の浅いお寺です。お墓もありませんし、一般的なお寺に比べると、大きさは勝負になりません。お寺同士の会話でも、同じ業界とは思えないこともしばしば。お寺も格差社会のようです。
しかし、それだけに、今まで蓮宝寺を守ってきた先人の思いに頭が垂れます。ゼロから立ち上げた祖父、兼業をしながら維持・発展させてきた父、そして、この小寺を支えてきてくださった信友のみなさん。私が小さいころからお世話になり、すでにお浄土に旅立たれたお檀家さんの数々のお顔が瞼に浮かびます。歴史が浅く、規模も小さい分、守り支えてくださった一人ひとりの思いが近くに感じられるのです。
私の代になってしりすぼみになっては、申し訳が立ちません。思いを受け継ぎながら、蓮宝寺を発展していかなければと気を引き締めています。
お寺をめぐる環境が厳しくなっていることは事実です。インターネットでお坊さんを注文できる時代です。お葬式もどんどん簡略化されています。でも、ここが踏ん張りどころ、お葬式や法事を形骸化させず、しっかりと意味のあることとお伝えして、お勤めすることが、菩提寺の住職の第一のつとめなのだと思います。
これからの日本は、これまで経験したことのない超高齢社会、多死社会をむかえます。お寺の果たすべき役割が、多岐にわたって求められる時代になるでしょう。信友のみなさんのご期待、ご要望に応えられるお寺になるよう精進してまいります。
施餓鬼会のお知らせ
更新が滞ってしまい、申し訳ありません。
今回は檀信徒向けの投稿になります。あしからずご了承ください。
まだ寺報が出来上がっておりませんが、今年の施餓鬼法要の日程をお知らせいたします。
平成28年7月3日(日)
11時~ お斎
13時~ 法話
14時~ 法要
皆さまのお参り、お待ち申し上げます。
本葬の御礼
去る2月26日、蓮宝寺第二世・小川有順の本葬儀を増上寺光摂殿で執り行いました。
以下に寺報「信友」200号の原稿を転載し、ご報告に変えさせていただきます。
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父の像
二月二六日の父の本葬には、多くの信友のみなさまにご参列たまわり、誠にありがとうございました。心よりお礼申しあげます。
当日は見事な快晴となり、雪でも降られたらどうしようか気が気でなかったので、それだけで肩の荷がずいぶん軽くなりました。天気のおかげもあってか、二三〇名を超す会葬をいただきました。信友を含めた一般のご会葬が約一三〇名、僧侶が一〇〇名近かったようです。
式の最中に謝辞を述べる時間をいただいたのですが、満堂のみなさまを前にしてまず思ったのが、「父のためによくこれだけ集まっていただけたなぁ。そんなに人望のある人だったっけ?」ということ。これは遷化直後からしばしば感じていたことで、多くのお悔みの言葉――そのどれもが形式的なものではなく真心あるものでした――をいただくたびに、母・姉と「お父さんってこんなに慕われていたんだね」と顔を見合わせていました。
家庭では、わがまま・頑固・さびしがり屋といった印象が強く、明るく、社交的な人という印象はあまりありません。しかし、ご弔問に来られた方から聞く生前の父は、人好き・話し好きで、温かみのある人物だったようです。本葬でも、「もっとお話したかった」「もう一度お会いしたかった」と口々におっしゃっていただきました。
葬儀の一つの意味として、故人の人生像をみんなで再構築するというものがあります。故人にゆかりのある人たちが集まり、それぞれに思い出を話すことで、お互いが知らなかった故人の姿を作りあげていく。いわばパッチワークのようなもの。私も葬儀セミナーなどで、そんな話をしてきたのですが、今回、自分が当事者になって、あらためて深く実感しています。親しみやすい気さくな住職として蓮宝寺を三十年守り続けてきた父の姿を思い描きながら、少しでも近づけるよう精進してまいりたいと思います。

春の彼岸法要
寺報「信友」の発行が遅れており、檀信徒の皆様にはご迷惑をおかけしております。
今年の春の彼岸法要は3月21日(月・振替休日)となります。
今週中には「信友」をお届けできるはずですので、今しばらくお待ちください。
第二世住職本葬のお知らせ
すでにご報告いたしましたように、蓮宝寺第二世住職・小川有順儀、去る平成27年12月14日、世壽87歳を以て浄土往生いたしました。つきましては表葬の儀を以下の通り厳修いたしますことを謹んでご案内申し上げます。
一、日時 2月26日(金曜日)午後1時より
一、場所 大本山増上寺 光摂殿
東京都港区芝公園4-7-35
電話09-3432-1431
JR浜松町駅、都営三田線御成門駅、都営浅草線・大江戸線大門駅下車
尚ご供花をいただけますならば一括しておりますので下記の連絡先までご一報下されば幸いです。
株式会社 牧野総本店 電話03-3445-0506 FAX03-3445-0508
ありがとうございました。
去る平成27年12月14日、第二世住職、小川有順老和尚が遷化いたしました。
往蓮社僧都生譽喜法有順老和尚 世壽87歳でした。
18日に仮通夜、19日に密葬を、近親者のみでつとめさせていただきました。表葬の儀を2月26日に芝・増上寺にておこなう予定です。
以下、檀信徒の皆様にお送りした寺報『信友』の原稿を掲載いたします。
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十二月十四日未明、私の父であり、師であります蓮宝寺第二世・小川有順が極楽浄土へと旅立ちました。八十七年の生涯でした。まずもって、昭和六十年の住職就任から三十年の長きにわたり、父をお支えいただきました信友のみなさまに御礼申し上げます。ありがとうございました。
別れは徐々にやってまいりました。
十数年前に大腸がんの手術をしてからは、葬儀や年忌法要への登板は少なくなったものの、春秋の彼岸会と夏の施餓鬼会だけは、法話と導師を欠かさずにつとめてきた父。しかし、今年七月の施餓鬼会では法話から退き、九月の彼岸会は「ちょっと自信がない」と言って、みなさまに顔をお見せすることすらできませんでした。
腎不全をわずらっていた父は主治医に、「透析をしなければ、悪化しても入院はさせられません。最後は尿毒症になり、大変な苦しみのなかで亡くなっていきます。もしくは急に心臓が止まるかのどちらかです。本人と家族にその覚悟はあるのですか?」と何度となく確認され、そのたびに「それで結構」。一度だけ透析の準備としてシャント手術なるものを受けましたが、結果は芳しくなく、その経験が父の透析拒否の意志をよりいっそう固くしたように思います。
春から夏、夏から秋、そして秋から冬と、今年は季節の変化が身体に響いている様子が明らか。毎月の腎臓の検査結果も下降線をたどる一方でした。十一月に入ると、風邪の症状がおさまらず、誤嚥性肺炎と診断され、十三日に緊急入院。誤嚥防止のための絶食、点滴治療のおかげで二十五日に退院できましたが、腎臓はついに限界を迎えたようです。退院後は介護が必要な状態となり、日に日に衰弱を見せていきます。治療をせず、穏やかに自宅で亡くなることを選択した私たちも、弱っていく父を見守るしかないのは、つらく悲しいものでした。本人が帰宅を心底切望していたので、それが叶ったこと、想像していたほど苦しそうではないことが救いでした。
最後の一週間、日中は母が、夜中は姉がつきっきりでした。十四日、ベッドサイドで父の手を握りながら姉がウトウトしたのが午前二時半。四時過ぎに目を覚ました時、握っていた手のひらだけが温かく、もう握り返すことはありませんでした。
父の幼少期から青年期は、家族の温もりに恵まれたとはいえないものでしたが、晩年は妻に甘えつくし、娘に手を握られながら逝けたことは、それを補ってあまりあるものだったと確信しています。信友のみなさまにご理解とご支援をいただき、家族の温もりに包まれた小川有順は僧侶としても、父親としても幸せ者でした。